まんじゅう事件

 

僕はまんじゅうが好きだ。
僕は彼女を心から愛している。
彼女、と言ってはいるが、まんじゅうという単語が人名を示すわけではない。
まんじゅうはまんじゅう。あんこを小麦粉で練った生地に包み、ほっこりと蒸し上げた例のアレだ。
僕がまんじゅうを彼女と呼ぶのには、訳がある。
僕には彼女が必要なのだ。彼女なしの生活など、もはや考える術すらない。
彼女は僕の全てだ。そして、僕は彼女の全てだ。
彼女になら、命を捧げても良いのだ。

それは、オベル奪回を幾日か過ぎた、日曜日のことだった。

僕は自室の机の上に、まんじゅうをのせた皿をそっと置いた。
高級なわけではないが、決して安くもないさらりとした白色の皿は、彼女の姿を映えさせる。まるで雪上にうずくまる白兎のような気品に、僕は思わず陶酔の息を吐き出す。
そして僕は、ナイフとフォークを取り上げた。
綺麗に磨き上げられた銀色に、彼女の姿が映り込む。なるべく彼女の形を崩さぬよう、フォークで彼女の表面をおさえ、ナイフを差し込んだ。
わずかな抵抗。そして、わずかな弾力。ぷつりとした感触が僕の指先に伝わった。


ゆっくりとナイフを上げ、その半身をフォークの腹に乗せた。
そして現れる、彼女の断面。
優しい白の、小豆色のハーモニー。うっとりとしながら、フォークを口に運ぶ。
そして訪れる、上品な甘み。
しかし、僕にそれを楽しむことは出来なかった。
僕は突然襲ってきた苦痛に倒れ込んだ。一瞬を開けて、僕は理解した。
彼女が喉に詰まっている!
絶望と歓喜が、僕の心を支配した。
死ぬ事への恐怖、彼女に殺される事への喜び。
彼女が僕を殺そうとするほど思ってくれているのだと思うと、絶望はどんどんと薄れていく。
僕は目を閉じた。
僕と彼女は、例え愛し合っていても、しょせん人間とまんじゅう。結ばれることはない。
そのことを、何度恨めしく思っただろう。
まんじゅう養成セミナーに通ったこともある。適正はないと言われ、それでも諦めきれず家で素振りを繰り返した。
出た結論は、人間はまんじゅうになれないということだけ。
一晩泣き明かしたこともあった。
きっと、彼女はそんな僕を見ていてくれたのだろう。
僕は彼女に殺されることで、彼女と永遠に結ばれるのだ。
彼女の、僕への愛を、受け取ろう。
彼女との出会い、そして今までの彼女の姿が、頭の中を巡っていく。僕は幸福で満たされながら、それを見ていた。
しかし。直前の映像が浮かんで、僕は驚愕した。
今。僕の喉に詰まっている彼女は、こしあんだったのだ!
知らず、涙が浮かんでくる。
僕が一番好きなのは、つぶあんなのに!
しかし、仲間たちはそう見てはくれないだろう。こしあんを好む者はつぶあんを嫌う。そんな根も葉もない噂を信じる人間は、決して少なくない。
このままでは、僕はつぶあん嫌いのレッテルを貼られてしまう。
僕は目を見開いた。
揺れる視界の中、白い皿の上のまんじゅうが、悲しげにこちらに断面を見せている。僕は涙を止められなかった。
心の中で、叫ぶ。
君が嫌いなわけでは、決してない。それでも、僕は行かなくてはいけない!
震える指を畳に食い込ませ、僕は苦痛の中移動を始めた。
戸棚の一番下。
買い置きのまんじゅうを目指して。

それは永遠にも等しかった。
霞む視界。力の入らない指。時間も距離も、混濁の中に沈んでいく。
ただ、ひたすらに戸棚だけを目指す。
朦朧としていた意識が、不意に冴え渡った。
手に触れる、硬い木の肌。
たどり着いた!思うと同時に、僕は無我夢中で戸棚を引き開けた。
ずらり、と整然と並んだまんじゅうが、僕を出迎えてくれた。
その色つやを見るだけで分かる。彼女はこしあん。その隣の彼女は白あん。ちらりと奥に見える彼女はウグイスあん。
そして。
つぶあん。
彼女の姿を見た瞬間。
全ての苦痛が、去った。
ふわりと、体が羽根のように軽くなる。
いつの間にか、彼女と二人だけだった。
どこまでも続く、真っ白い空間。ぴん、と張り詰めるほどの静けさ。
僕は、宝物を扱うように、彼女をそっと掌に包み込んだ。
確かな暖かさに、思わず微笑が零れた。
指についた表面の薄皮。それすらも愛しい。
僕はゆっくりと彼女を口に運んだ。
広がる、生地の風味。あんの甘さ。そして、つぶ。
それを感じながら、僕は闇の中に吸い込まれていった。

後日談。某日壁新聞より抜粋。
『軍主、まんじゅうで倒れる。
昨日未明、自室で倒れていた軍主スイレンをオベル王が発見、医務室に通報したが、命に別状は無かった。原因はまんじゅうが喉に詰まったための窒息と見られている。
オベル王が発見した時、スイレンは戸棚の下段の前で、まんじゅうを手にして倒れていた。机の上には半分食べかけのまんじゅう。喉に詰まらせていたのは机の上のまんじゅうと発表された。この事件により、軍主は一週間の『まんじゅう謹慎』を軍師命令として受けたという』



(ふじの様コメント)
同盟参加記念に、オリジナルショートショートを
幻水4版にアレンジしてみました。
ここまで好かれたら、きっとまんじゅうも本望だと思います。




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